作文コンクール入賞者の作品から考える良い作文の書き方とポイント

内容の濃い作文が書けない・・・
稚拙な文章になってしまう・・・
先生の作文の評価がいつも良くない・・・

このような悩みを抱えておりませんか?

ただ。作文はひたすら書いても良くなるわけではありません。

作文を書く上では、
・作文の型
・必ず作文中に入れたい要素
・評価されやすい表現
などがあります。

そこで今回は法務省のHPに掲載されている全国中学生人権作文コンテスト入賞作文集で入賞した方の作品をもとに、作文を書く上でのポインを解説していきます。

※今回の作品の引用元は、法務省HP「全国中学生人権作文コンテスト入賞作文集」になります。

 

<「税」に関しての作文①>

【題名】税金がたどり着く場所
【学校名・学年】三木市立三木東中学校3年
【氏名】川上 結乃

●導入・惹きつける部分・問題提起
Where Does My Money Go?

中学生の私たちなら読める英文です。「私のお金はどこに行ったの?」お金を盗まれたのでしょうか。それともなくしてしまったのでしょうか。いいえ、どちらも違います。ここでのMoneyとは税金のことです。“税金はどこへ行った?”こんな名称のプロジェクトがあるのを皆さんは知っていたでしょうか。

●具体例(税について調べてみたらでできたもの)ー説明

イギリス発祥のこの取り組みは、現在日本国内で約百三十もの自治体のサイトがあります。利用者はまず、扶養家族の有無(結婚相手や子どもがいるか・独身か)と年収(1年間の給料など)を入力します。すると、自分が自治体に払っている税金の合計金額や、その税金の使い道が、目的別に一日あたりの金額として表示されます。

●具体例の一例

内容の一例として、神奈川県横浜市では、市民が払っている税金の多くが“健康福祉”に使われていたり、東日本大震災があった宮城県南三陸町では、災害復旧費や復興費などの項目が設けられていたりと、自治体それぞれの特徴がみられます。利用者は、このようなサイトによって、自分の税金の使い道をおおまかに知ることができ、自治体の行政を身近に感じることができるというものです。

●身近な問題として考えてみる

さて、消費税率が上がった今年四月から、まわりの話題は圧倒的に税金の話題が多くなりました。大人たちのため息をどれだけ聞いたことでしょう。「これ以上消費税が上がったら大変!」「車の税金が高くなった」「市によって税金が違うのはどうしてか」などと不満は尽きることのない様子で、税金はすっかり悪者扱いでした。

●家族の反応・変化

しかし、今回私がプロジェクトについて調べたのをきっかけに、家族が税金について興味を持ち始めたのです。一緒にインターネットのサイトを検索したり、新聞記事を探したりしてくれました。そのうちに、税金が様々な方面で有意義に使われていることを確認し、深く納得したようです。このような自治体の取り組みが全国に広まったらいいね、と家族みんなで話し合いました。

税について肯定的に考える意見・税がなかった場合の恐ろしさ
私たち中学生にとって、消費税以外はあまりなじみのないお金“税金”。難しそうだし今はよくわからなくてもいいや、という考えではいけないと思います。今後、税金について勉強する機会などほとんどない状態で社会人になると、知識不足から納税に不満を持ったまま社会生活を送ることになります。子育てや福祉サービスを支えてくれる税金がなかったら、超高齢化とよばれる時代に私たちは心ゆたかに生きていくことができません。税金とは何か。なぜ税金を払う義務があるのか。そして払った税金の使い道は。積極的にたくさんのことを学んで、将来、気持ちよく税金を納められる大人になりたいものです。

Where Does My Money Go?
税金はどこにも行きません。またここに、私たちの生活にかえってくるものですから。きっかけ:ある税金に関して書かれた英語の本を読んだ
→税金は悪者と思われているかもしれない。
→しかし、税金がなければ私たちの生活は成り立たない結論:税金のことを学んで、気持ちよく税金を納めたい。税金は私たちのところにかえってくる。

【口調】 ですます調/話ことば


<「税」に関しての作文②>

【題名】税でつくる支え合いの輪
【学校名・学年】茨城県立並木中等教育学校3年
【氏名】田﨑 遥香

●導入・惹きつける部分・問題提起→公共性(税につながる)の高い例

浴衣を着て楽しそうに踊る住民たちの輪。響き渡る笑いの声。みんなの笑顔が帰ってきた。
昨年の夏、この公園は立ち入り禁止だった。私の住む地域は、震災による原発事故の影響で放射線量が高かったからだ。

●身近な具体例

しかし、今年の夏は恒例の夏祭りが開催された。昨年の今頃、真夏の広い公園に大きなショベルカーが何台も入り、芝生をはがし、土を削った。大規模なこの作業は、地域の住民の力だけでは到底成し得ることはできない。地域を超えた多くの方による、税金を通しての支援があったことを忘れてはならないと思った。税金のおかげで再び取り戻すことができたのは、緑の芝生が張られた元通りの公園だけではない。子供たちの笑顔、住民の絆、新しい出会い、そしてこれからこの公園でつくられるかけがえのない思い出だ。
自分の変化・考え
私は、税金から受けた恩恵について考えた。中学3年生である私は今年で義務教育が終了する。教育も税金によって賄われている。本棚に並んだたくさんの教科書、多くのことを教えていただいた授業、机、校舎、学校生活を支える全ての環境。一人の人間を育てるために、いったいどのくらいかかるのだろう。小学校からの九年間、たくさんの人に支えられてきたことに改めて気が付いた。

●時事問題との関連

消費税が八%になってから、レジで支払う金額が予想より高くて驚くことがたまにある。でもそのときは、「私が今まで受けた恩恵を、今度は他の誰かにお返しする番だ。」と思うようになった。この社会は、支え合いで成り立っている。税金はそれを形にしたものなのだ。
自分ができる事
税金を納め、社会に貢献できるのは社会人になってからだと思っていた。中学生である私に今できることは、お小遣いから消費税を納めることだけだと。しかし、税金について立ち止まって考えてみると、学生である私たちにもできることがあることに気が付いた。それは、与えていただいた恩恵に感謝し、維持、発展させることだ。

●身近な具体例

例えば、地域の公園だ。きれいに張られた芝生からは雑草が伸びてきた。9月には住民による除草作業が計画されている。たくさんの方が納めた税金で元通りにしていただいた公園だ。私も積極的に参加しようと考えている。次に、これまでに受けた教育だ。教育に税金を使うということは、今の世代の方々から未来の日本を託されていることと同じではないだろうか。日本の貴重な財源からいただいた税金だ。私は一生懸命学習し、社会に役立つ力を身につけたい。そして、よりよい社会の発展に貢献したいと思う。「私に出来ることは何か」と考えて行動すること、それは私も税金をめぐるこの支え合いの輪に入る第一歩だと思った。
税金は、この夏報道されている災害に遭われた方々の救助、生活再建にも使われている。どうか、この日本の制度が人々の幸せにつながって欲しいと心から願う、この制度を守ることは私達の大切な使命なのだと思った。
教育は中学生が税金の「恩恵」を受ける身近な例(実感できる)かもしれません。

 


<人権作文①>

被害者と加害者 それぞれの立場
佐賀県 佐賀県立武雄青陵中学校
1年 平木 洵太(ひらき じゅんた)

●導入・人権について考えたきっかけ・詳しい内容・具体例①

さだまさし氏の曲に「償い」という有名な作品がある。
私が小学生の頃,母が 聞かせてくれた話だ。それは,私が過って友人に怪我をさせたことがきっかけだ った。遊びの中の事故で,決して故意ではなかったが,友人は目のすぐ横を負傷 してしまった。 真冬のある日,私が加害者であるとの連絡を受けた母は,すぐに友人の家族に 電話で謝罪し,受診する病院に私を伴って駆けつけた。寒い廊下で,診療が終わ るまで直立のまま待っていたところ,母が静かに私を見据えて 「もしA君が視力を失ったら,あんたはこれからは自分のために生きるんやない。 一生A君の目になり生きていきなさい。」 と,とめどなく流れる涙とともに言った。この冷静すぎる母の態度に,私は全身 が冷たくなっていくのを感じた。「わざとじゃないのに。まさかこんな重大なこ とになるなんて。」取り返しのつかないことをしてしまったと,頭が真っ白にな った。気付くと母と私は人目もはばからず号泣していた。診察室から出て来た友 人と彼のお母さんに,母は 「A君は大好きなテニスも諦めなきゃならなくなるかもしれません。それどころ か日常生活にも支障があるかもしれません。ご両親が今までどれだけの苦労をし て育ててこられたか。将来をどれだけ楽しみにしていらしたか。出来る限りの償 いをさせてください。」 と,これでもかというほど頭を下げ,謝罪をした。私と友人が仲が良いことで, 母親同士も仲良く付き合っていたので,まさか母が敬語で謝罪するなんて思いも よらなかった。友人のお母さんは,母に寄り添って言った。 「幸い眼球は傷つかなかったの。傷跡は残るかもしれないけど,わざとじゃない んだから。洵太君もそんなに泣かないで。」 と,私の肩もなでてくれた。余計に涙が出てきた。普段バカ話をする友人の左目 にはガーゼが当てられ,黙っている。とても気まずくて,私は「本当にごめんな さい。」というのが精一杯だった。

●学びの元・権威があるものの引用・自分と似た経験

その夜,母は帰宅した父の隣に私を座らせて,この出来事を説明した。そこで 「償い」という曲の話を聞かせてくれた。 “ゆうちゃん”が起こした交通事故で被害男性が死亡。彼は毎月給料日になると 郵便局に走る。同僚は「貯金だけが趣味だな。」と嘲笑うが,実はずっと被害者 の妻に送金を続けていたのだ。ある日ゆうちゃんに一通の手紙が届く。それは被 害者の妻からだった。 「そこには,もうあなたの人生を送ってくださいって書いてあったんよ。到底許 されるわけもないと分かっとんやけどね。

●引用を自分に落とし込む

お母さんが言いたいのは,誰かの権利 を侵してまで,あんたの権利が優先されることは絶対ないってことなんよ。今回 はわざとじゃなかった。でも注意を怠ったのは事実やろ。もしA君が失明したら, あんたは必死で働いて,A君が本来ならば持っていた“見る”という権利を復活 させるためにお金と時間を遣いなさい。あんたが学生のうちは,お父さんとお母 さんが代わる。家族みんなでいろんなことを犠牲にして生きていかないかん。そ れが償いたい。」母の言葉に,私は頷くしかなかった。 翌日は,学校で友人と顔を合わせることが怖かった。許してもらえるのか,い や,そもそも許してもらおうなんて思ってはいけないんじゃないか。そんな私に 彼は「おはよう。昨日はごめんな。」と話かけてくれたのだ。その時の気持ちは, 今でも言葉にできない。胸につかえていた巨大な黒い何かが,ゴロッと落ちてく れた感じだった。きっと彼は,私が遠慮して疎遠になるのを避けてくれたのだろ う。何事もなかったようにとはいかないが,自然な対応ができるようになったの も,その一瞬の彼の気遣いのおかげだったと思う。

●具体例② (その後)

週末,ずいぶん傷が回復したと連絡を受け,私と両親は改めて友人の家に謝罪 に行くことにした。サッカーの練習の後だったので,ユニフォームのまま行こう とした私を,父が「着替えろ」と制した。「お前がさせた怪我のせいで,テニス の練習を休んどるA君の気持ちを考えろ。」いつもは優しい父が厳しい口調で言 った。そうだ,この小さな気遣いも償いなのだ。私は即座にユニフォームを脱い だ。 その後,友人の怪我は治り,傷跡もほとんど残らなかった。

●まとめ・経験を通して考えた事・学んだこと

私達はそれぞれの 志望校に合格し,離ればなれになってしまったが,私の部屋には卒業式に彼と肩 を組んで写った記念写真が飾ってある。もちろん大切な友人だからという理由だ が,あの事故を忘れないようにという意味もある。あの事故は,他人の権利を侵 すことの悪と,たとえ過失であっても,自分だけでなく,家族や周囲まで巻き込 んでしまう恐ろしさを私に教えてくれた。

【骨子】

自分の不注意で友達に怪我をさせてしまう。友達が失明する恐れもあった。
→失明させることは、「見る」という権利を奪うこと
→家族とのやり取りで事態の深刻さに気づく

※理屈よりも、実体験を深く掘り下げて、うまく気持ちといっしょに表現できればベストだな・・・。
そもそもそんな文章が書けないから、苦労するのだけれども。

【ネタ元】
・自分の失敗、誰かの失敗
・自分が傷ついたこと
・誰かを傷つけたこと


<人権作文②>

電車内に咲いた,笑顔の花
大阪府 河内長野市立加賀田中学校
2年 竹内 萌里(たけうち もえり)

●導入・人権について考えたきっかけ・いつもの自分

それは,私が電車に乗っていた時の事。一人のおばあさんが電車に乗ってきた。 足を引き摺るように歩いていたため,瞬時に足が悪いのだと理解した。その時は, ちょうど通勤ラッシュの時間帯であり,車内はとても混雑していた。おばあさん は手すりにつかまりながらやっとのことで座席付近まで歩いてきたが,おばあさ んの目の前に座っていた若い男性は,チラリとおばあさんの方を見,また手元の スマートフォンに目を落としたのだ。 それを見て,私は少し苛々した。譲らなければならないと分かっているはずな のに。私が普段,電車に乗るときは殆ど満員で,座れることはまずないが,座っ ている時に老人の方や,妊婦さんが乗ってきたら,できるだけ譲るようにしてい る。

●一般的な考え

確かに,立つのは疲れるし,優先座席に座っているのではないのだから,別 にいいじゃないか,とも思う。先程の若い男性だけでなく,世の中全体がそんな 空気になっている。自分さえ良ければ,それでいいじゃないか,と。

●反論・自分の主張・問題提起

しかし,本当にそれでいいのだろうか。 私は結局,そのモヤモヤを抱えたまま,目的地に着いてしまった。電車内のア ナウンスを小耳に挟みつつ,人混みをかき分け,ドアへと近づく。ふとおばあさ んのことが気になり,そちらを見ると,おばあさんも降りようとしていた。だが やはり足を引き摺りながらこの人混みを進むのはかなり難しい。 その時,私の頭にこんな事が浮かんだ。おばあさんの手助けが出来ないだろう か,と。しかし,せっかくドアの近くまで苦労して歩いてきたのに,また戻るの か,という気持ちも同時に起こった。でも,このままでは,私はさっきの若い男 性と同じになってしまう。やはり,行かなければ。私はそう決心し,再び人混み の中へと入ってゆく。「まもなく○○駅に到着します……」というアナウンスが 耳に届く。急がなければ。やっとのことでおばあさんに近づき,人見知りな性格 を押し殺して「大丈夫ですか」と声をかけた。すると「え……?」とおばあさん は言う。おばあさんの顔には疑問が浮かんでいた。私は意味が通じなかったのか と思い,もう一度言い直した。「荷物も多いですし,お手伝いします。」おばあさ んは「いいの……?」とまた疑問を浮かべながら言う。「勿論です。早くしない とドアが閉まってしまいます。急ぎましょう」私はおばあさんの荷物を肩にかけ た。おばあさんは恐る恐る,という様に私の後に続く。 だが……。プシュゥーと音がして,ドアは閉まり始めた。間に合わなかったの だ。後ろを見ると,おばあさんの申し訳なさそうな顔が見える。

●場面の転換・周りの変化

私が何か言おう と口を開きかけた瞬間――。 「待ってくれ!」 男性の声が車内に響き渡った。その人は,ドア近くに立っていて,ドアから身 を出して車掌さんに声をかけてくれたのだ。そして,こちらを向いてこう言った。 「ゆっくりでいいですから,安全に……」すると,周りの人たちも次々に道をあ け始めた。「大丈夫ですか。」「焦らなくてもいいですよ」おばあさんに向けられ る,優しい言葉の数々。私はその時のおばあさんの顔が忘れられない。驚愕と喜 びが入り混じったような,美しい笑顔だった。 私たちは無事ホームまでたどり着き,電車のドアは閉まった。おばあさんは何 度も何度も扉の向こうの人たちに頭を下げ,彼らもにこやかに手を振っていた。 電車が行ってしまったあと,おばあさんは私の方を向いて,また頭を下げた。 「本当にありがとう。あなたに声をかけてもらった時,奇跡がおきたのかと思い ました。あなたのお陰です。こんなに優しくされたのは初めてだわ。」 そう言っておばあさんは嬉しそうに駅を去っていった。私も,おばあさんに笑 顔が戻って嬉しかった。

●新たな気づき・学んだこと

でも……。おばあさんの『こんなに優しくされたのは初めて』という言葉が, いつまでも私の頭から離れなかった。おばあさんはこれまでどんな扱いを受けて きたのだろうか。そして,おばあさんに声をかける前に,少しでも『面倒くさい』 と思った自分がいた事を恥ずかしく思った。 たった一人の,少しの行動が,皆を動かす。恥ずかしくても,面倒くさくても, 行動するべきだと,私は思った。たとえ周りがどう言おうと,善いことを貫き通 すべきだ。大人と子供との境目である中学生という時期。もう一度,善悪を真剣 に考える機会を皆にも持ってもらいたい。私たちの未来をどうするかは,私たち が決めるのだから。 私は,おばあさんの笑顔を思い浮かべながら,駅の出口へと向かった。

【骨子】

電車内で、足の不自由なおばあさんがいたが、席を譲らない若者がいた。
→迷いもあったが、思い切って手助けすると周りも協力してくれた。
→おばあさんの『こんなに優しくされたのは初めて』という言葉で、おばあさんのこれまでの生活について考える
→たった一人の行動がみんなを動かすこと、たとえ周りがどう言おうと,善いことを貫き通すべきだということを学んだ。

【ネタ元】
・他人の配慮のない姿
・おばあさんの言葉
・周囲の変化


<人権作文③>
鉄ちゃんへ
宮崎県 宮崎大学教育文化学部附属中学校
中学3年 坂元 遼太郎(さかもと りょうたろう)

●導入・人権について考えたきっかけ・登場人物の説明

ヒサちゃんが亡くなったので鉄ちゃんは一人ぼっちになった。ヒサちゃんは享 年七十八歳,鉄ちゃんの奥さんで優しい人だった。鉄ちゃんは僕の祖母の弟で母 の叔父にあたる。母とは親子のように仲が良く僕は孫のような存在だ。本来なら ば鉄三おじいちゃんとかヒサおばあちゃんとでも呼ぶのだろうが,子供の頃から 鉄ちゃんヒサちゃんと呼んでいる。

●鉄ちゃんの説明・自分との関わり方

鉄ちゃんは老後を生まれた町で過ごすために,東京で自営していた工場を弟に 譲りヒサちゃんと二人で海辺の町に帰ってきた。毎日,漁師のように潮と天気を 気にして釣り糸を垂れ,食べる分だけ釣れると帰ってくるという暮らしをしてい る。鉄ちゃんの家の大きなガレージの上には梯子で登っていく秘密基地のような 小部屋があり,そこには大切にしている釣り竿と,鉄ちゃんの手作りのルアーと, それらの道具で釣りあげた八十センチもある平目や二メートル以上のハモの魚拓 が壁に貼ってある。僕は鉄ちゃんの家に遊びに行く度に,その魚拓の大きさに感 心し,鉄ちゃんが格闘した海へ思いを馳せる。それから,ルアーを見せてもらい, 中に鉛を仕込む構造やうろこの貼り方,塗装の仕方などを教わる。鉄ちゃんは天 才的にものづくりの上手い人で,そのルアーは水に入れて引くと,どれも生きて いる小魚のように泳ぐのだ。 「好きなのを欲しいだけ持ってっていいよ。」 と鉄ちゃんは言う。そんな時は決まって隣からヒサちゃんが 「遼くん,遠慮しなくていいのよ。いっぱいもらって行きなさい。鉄三さんはま た木切れからいくらでも作るんだから。」 とバルサ材をさしながら言ってくれたものだ。僕は嬉しくて,でも調子に乗ら ない程度に気にいったルアーを数個頂く。その嬉しい気持ちといったら何にたと えられるだろう。 五月の晴れた日には,潮干狩りに一緒に行って貝の取り方を教えてくれた。貝 を見つけるコツは貝の呼吸する穴を探すことである。波がさらって平らになった 砂浜にわずかだが小さなへこみが見えるのだ。僕は全く見つけられない母さんを 横目に鉄ちゃんと同じくらいその穴を見つけることができたので,大きなあさり をたくさん掘り当てた。鉄ちゃんは「心の目で見らんといかんからな,遼くんに は見えるんだなぁ。さすがだなぁ。」 と日に焼けた顔をくしゃくしゃにほころばせて褒めてくれた。僕とはおじいちゃん程に歳が離れているけれど,心はハックルベリーのような人なのだ。僕はそ んな鉄ちゃんをとても尊敬している。

●自分のできること

一人になった鉄ちゃんのために何をすべきなのだろう。鉄ちゃんはみんなの前 では元気でいるけれど,皆が帰るとヒサちゃんの残した宅配便の文字などを見て も涙が出るのだと祖母が言った。いつも優しくしてもらっているのに,僕にはか ける言葉も無かった。 葬式の時,親戚がいる中で鉄ちゃんが僕に「受験や部活で忙しいのにすまんね。」 と言った。僕はこんな大人のあつまりで直接お礼を言われて言葉に詰まった。 「いえ,ヒサちゃんは僕にとって,とても身近な人だったので。」 と頭を下げながらやっと言うと祖母が 「まあ,なんて優しい言い方をするんやろねこの子は。」 と言った。そうかな,僕はいつだってそう思っている。むしろたどたどしくて 慰めの言葉にもならないと思ったのに。その時,僕がこれから鉄ちゃんにできる ことは気持ちを言葉にすることだと思った。 鉄ちゃんは帰り際,僕達の車に向かって 「遼くん,たまには釣りにも来てくれよ,絶対な!」 といつもの笑顔で手を振ってくれた。

●社会問題との関連・自分の経験から考えたこと

独居老人の孤独が問題になっている。人々が老人に無関心なのだろうか,そう ではない。かけられる言葉をかけないのだ。『大切な人だ』とか『尊敬している』 と心で思っても口に出して言うことは難しい。照れくさいし場違いな気がするの だ。老人とは使う言葉も笑いや怒りの感覚も違うので,話せないような錯覚を持 つ。しかし言葉の本質は同じではないのか。日本語を共有するこの日本の中で, 一人暮らしの老人が熱中症で倒れても誰も気がつかないという現状が今の日本に はある。誰かが気持ちを言葉にしていれば助けられた命があるのではないだろう か。 受験勉強もあるけれど,頑張って鉄ちゃんと釣りをする時間をつくろう。そし て,鉄ちゃんのルアーを海に向かって投げながら語らうのだ。僕に何の話ができ るのか分からない。でも,男同士,釣り好き同士,分かりあえることはたくさん ある。鉄ちゃんを一人ぼっちには絶対しない。

【骨子】
親戚のおばあさんが亡くなり、その夫がひとり暮らしになった
→みんなの前では元気な鉄ちゃんだが、元気がない様子
→なにか言葉をかけてあげたいが、難しかった
→社会全体としても独居老人の問題がある
→生きてきた時代が違い使う言葉も違うので、何を話せばいいかわからない
→しかし、言葉の本質は同じだと思うので、きちんと気にかけて伝えていくことが大切【ネタ元】
・親戚の死
・悲しそうなおじさんの姿
・なんと声をかけていいかわからない経験

<人権作文④>

オリンピックから見る人権問題
鹿児島県 霧島市立霧島中学校
3年 みずき(はなぶさ みずき)

●導入・人権について考えたきっかけ・印象に残った言葉

「この銀メダルが,グアテマラの子どもたちに勇気を与え,彼らが銃やナイフ を置き,その代わりにトレーニングシューズを手に取ってくれればいい。そうな ったら自分は世界一の幸せ者だ。」 二〇十二年,夏。場所はイギリス,ロンドン。世界中を沸かせたオリンピック がありました。日本人選手団は,過去最高のメダル数を獲得し,日本人選手の活 躍に日本中が釘付けになりました。しかし,私がこのオリンピックで一番心を動 かされたのは,日本人選手の活躍ではなく,この言葉でした。これは競歩二十キ ロメートル銀メダリスト,エリック・バロンド選手の言葉です。メダル獲得者の 誰もが,目標達成の喜びや支えてくれた周囲への感謝を述べているなか,彼だけ は,自国の子どもたちの未来への希望を語りました。

●グアテマラの説明(今後の流れで必要な概要説明)

グアテマラは中南米にある国です。三十五年以上続いた内戦の影響や政治情勢 不安もあり,決して治安が良いとはいえない状況にあります。軽犯罪は日常茶飯 事で,犯罪者の九十パーセントが処罰されないと言われるほどです。麻薬密輸組 織などが少年の犯罪組織を作り,日常的に子どもたちが銃やナイフを持って犯罪 を犯しているのです。

●言葉の説明

彼の言葉には,強い強い思いが込められているように感じました。それは,母 国の子どもたちが置かれている環境を変えたいという強い願いだと思います。 どのような環境にいても努力すれば結果はついてくる。だからグアテマラの子 どもたちもスポーツでも,それ以外でも何か目標を持ち,それに向けてあきらめ ずに努力してほしい。それをエリック選手自身が,このオリンピックで証明した のです。国の情勢を考えると,日本のように,毎日オリンピックに向けて練習に 励むことはできなかったことでしょう。毎日を無事に生きることで,精一杯だっ たかもしれません。その中で目標を高く掲げ,それに向かって努力し続けたから こそ,今回銀メダルを獲得することができたのだと思います。

●自分との関連・自分の無知を恥じる

わたしは日本に住み,何ら不自由なく毎日の生活を送ることができています。 しかし,グアテマラのように世界には,私たちが毎日送っている普通の生活が送 れない国が存在するのです。私はそのことを深く考えずに生きてきたことが,恥 ずかしくなりました。同じ地球に住んでいるからこそ,みんなに平等に人権は与 えられている。そう思っていました。

●気づいたこと・考え

しかし,実際は違ったのです。 この広い世界には多種多様な人種,文化,伝統があります。その分,それぞれの特徴や違いがあって当然です。しかし,何があっても,人権に違いがあっては ならないのです。子どもは生まれてくる場所を選ぶことはできません。それなの に,同じ子どもでも住む国や場所が違うだけで,自由に勉強ができ,好きなもの を食べ,やりたいことができる子どもと,そうでない子どもがいる。この事実が, 同じように人権の保障がされていないことを物語っています。

●自分が出来ること

その事実を知った上で,私たちに何ができるのでしょうか。中学生の私には, この大きな問題をすぐに解決できるような名案は,思いつくことはできません。 しかし,一つだけ分かったことがあります。それは,私たちが恵まれているとい うことです。世界にはグアテマラのように,毎日命を危険にさらされて,自分の 意志に従って生きることすらできない人たちがいます。その一方で,私たちのよ うに毎日安心して,何不自由なく生きられる人たちがいます。私たちが送れてい る自由は,当たり前のことではないということです。このことに気づけたことは, 私にとって大きな成長です。 地球上全ての人に,誰にでも等しい人権を与えるということは,今の私にはで きません。しかし,多くの人が今の自分の置かれている状況に気づくことが,世 界の不平等な人権を変える第一歩になると思うのです。一人一人の力はとても小 さいものかもしれませんが,気づいた人から,「同じ地球に住んでいる誰もに, 平等な人権を」という意志を持って,日々の生活を送れば,その意志が行動を変 え,その行動によって,世界の不平等な人権が良い方向へと変わっていくのでは ないでしょうか。

●まとめ

エリック・バロンド選手の言葉をきっかけに多くの人々が,この問題に気づく ことができたのなら,地球上の誰もが平等な人権を与えられる日が来る日が近い かもしれません。そして,グアテマラの子どもたちが,銃やナイフを置き,トレ ーニングシューズを手に取る日が必ず来る。そう信じたいです。

【骨子】
オリンピックのメダリストの言葉
「この銀メダルが,グアテマラの子どもたちに勇気を与え,彼らが銃やナイフ を置き,その代わりにトレーニングシューズを手に取ってくれればいい。そうな ったら自分は世界一の幸せ者だ。」
→グアテマラの状況(治安の悪さ)
→この言葉には母 国の子どもたちが置かれている環境を変えたいという強い願いが込められている
→普通の生活が送 れない国の存在を深く考えずに生きてきたことを,恥 ずかしく思う
→同じ子どもでも住む国や場所が違うだけで,自由に勉強ができ,好きなもの を食べ,やりたいことができる子どもと,そうでない子どもがいる。
→人権の保障がされていない
→私のできることは分からないが、自分たちは恵まれていると知ることが第一歩になる
※評価ポイント:
・わからないこと/興味をもったことを、自分で調べたこと
・中学生としての等身大の意見
「中学生の私には, この大きな問題をすぐに解決できるような名案は,思いつくことはできません。 しかし,一つだけ分かったことがあります。~」【ネタ元】
・オリンピックメダリストの言葉
・自分の無知に気づいたこと

<人権作文⑤>
僕の父親
熊本県 熊本県立八代中学校
1年 松田 裕季(まつだ ゆうき)

●導入

「ただいま。やったぁ,今日はカレーだ~。」 僕の父が作った特製カレーライスはお店に出してもいいくらいに,最高におい しいです。僕の大好きなメニューの一つです。

●人権について考えたきっかけ・家族の説明

僕の家族は,父と母,兄の四人家族です。僕の父は,同じ八代の学校で仕事を していますが,早く帰ってくることが多く,洗濯や掃除を毎日パッパとこなして います。僕が服を脱ぎっぱなしにしていると,すぐに注意してくれ,次の瞬間, 服は片付けてあります。 母は毎日,僕より遅く帰宅することが多く,休日はほとんど部活動の練習や試 合でいません。家族の中で家にいる時間が一番短い人です。つまり,皆さんのお 父さんやお母さんと少し違うところがあるのです。それは,僕の家は,父親が家 事をし,母親が外で働く家庭なのです。 なぜそうなったかというと,保育園の時に僕たちのことを一番可愛がり,お世 話をしてくれた祖母が亡くなり,父が子どもの世話をするということで仕事を辞 めたからです。 「子どもたちのそばに大人がいたほうがいいから,俺が子どもたちのそばにいる。」 と言って,長年勤めていた会社を辞めてしまったそうです。当時のことを聞くと, 「本当にそれでいいかわからなかった。本当は,男が働かなければならないのに。 でも,仕事よりも子どもが大切だから。」 と言っていました。そんな父の言葉を聞いて,改めて父親の存在の大きさを知り ました。母もその言葉を聞いたとき, 「こんな時,辞めるのは普通は母親の方なのに,本当にいいの?」 と,不安に思ったそうです。

●社会問題への結びつけ・自分なりの解釈/意見

男女共同参画社会とは, 「男女が,社会の対等な構成員として,均等に政治的,経済的,社会的及び文化 的利益を享受することができ,共に責任を担うべき社会」のことです。これまで に,僕もあまり聞いたことがなかった言葉ですが,今回,母からうちの事情を聞 いて知ることができました。僕も男の役割,女の役割を決めつけるのは反対です。 <主張>男だからしなさい,女だからしなくていいという考えでは,やりたいこともやり づらい状況が出てくるからです。<根拠>

●別のエピソード

また,母の男性の友達は,子どもの世話をするために十年ほど前に育児休暇を 取られたそうです。その頃は,男性が育児休暇を取ることが珍しく,子どもと外 を歩いているだけで, 「あら,今日はお休みですか。」 と,近所の人から聞かれ,二日目までは笑って聞かれたけど,三日目からは話し かけてももらえなかったらしいです。それは,おかしいと思いました。なぜ,お 父さんは子どものために仕事を休んだのに,近所の人に変な目で見られなくては ならないのでしょうか。
僕の父も,僕が三歳のころから保育園の送迎をしてくれたり,遠足も父が一緒 に来てくれることが多かったです。小学校の頃は柔道の送迎や試合の応援もほと んど父でした。僕の父もそんな目で見られていたのでしょうか。

●社会全体の話へ発展

今の日本には, 「夫は外で働き,妻は家庭を守るべきである。」 という固定的性別役割分担意識と言う考えが根強く残っているため,男性が家事 をしていると,変な目で見られることがまだまだあるようです。僕は,「女性が 家事をする」と決めつけるのではなく,家事は家にいる人が行えばいいことであ り,仕事から先に帰宅したほうがやれば,互いに気持ちよく過ごせると思います。

●気づき・自分の意見

父が仕事を辞めて十年経った今,改めて気持ちを聞いてみると, 「最初はつらいこともあったけど,もう慣れたよ。特に,洗濯物を干すのは抵抗 があったな。でも,昔から掃除は得意だったし,裕季たちといっぱい関われたの で,賢明な選択だったと思うよ。」 と,話してくれました。休みの日にゴロゴロしたり,お酒を飲み過ぎて僕とけん かしたりすることも多いけど,今まで大好きな柔道や野球を思いっきりやってこ れたのも父がいてくれたおかげだと気づきました。 仕事を目一杯する母と,家で僕のお世話をしてくれる父。僕の家族は,ちょっ と変わっているように見えるけど,実は,ごく普通の僕にとっては当たり前の家 族です。 これからの僕たちは,「男だから・女だから」という差別的な考えを捨て,男 女共同参画社会に対する認識を深めていく必要があると思います。話し合いで進 んで家事を引き受けた僕の父は,やっぱり自慢できるかっこいい父です。父が作 ったカレーは,僕の中ではナンバーワンです。

【骨子】
自分の父親が「主夫」である
→男女共同参画社会とは何かを母から聞く
→父親の苦労を感じる
→男性が家事をすると冷たい目で見られている
→性別で家事の担い手を決めるのではなく、家にいる人が行えばいい
→自分の家族は普通ではないかもしれないが、自慢できる家族
※評価ポイント
・きちんとした構成
・素直な表現
「休みの日にゴロゴロしたり,お酒を飲み過ぎて僕とけん かしたりすることも多いけど~」【ネタ元】
・主夫である父親の存在

<人権作文⑥>

聞いてください,私の思い
新潟県 柏崎市立松浜中学校
3年 蓬田 怜奈(よもぎた れいな)
導入・人権について考えたきっかけ
大熊町。緑の木々と青い海に囲まれた自然豊かな私のふる里です。そして,あ の原発事故が起きた町。私のふる里は一瞬にして「死の町」とまで言われる誰も が嫌い,イヤがる町になりました。

●具体的な経験

それまで私にとっての「人権」とは人間が生 まれながらもっている権利と学校の授業で習った程度で,特に気にもせず考えも しないただ聞いたことのある言葉でしかありませんでした。 しかし,避難してからは,同じ福島県内でありながら,耳に入ってくる話は「福 島ナンバーの車がいたずらされた」「転校していった子が放射能のことでいじめ られた」などの悲しい話ばかり。私はこの話を聞くたびに,「またかぁ…」と自 分のふる里がだんだんと嫌がられている事がとても悲しく思っていました。 そんな中,私も一つの体験をしました。部活の大会の日のことです。 「うわ,なんでいるの。放射能がうつる。帰れよ。」 すれ違いざまに他校の生徒に言われた言葉です。私は,この言葉を言われたと き泣きたくなり,大会すらやる気がなくなりました。新聞やニュースなどで得た 少しの知識だけでこういう風に思っている人がいると,聞いてはいたものの,残 念で仕方ありませんでした。何気なく言った言葉だったのかもしれませんがその 言葉は,大熊町に住んでいた私にとって非常に悔しく悲しいものでした。

●別のエピソード

家に帰 り,その出来事を母に話すと,母は別の話もしてくれました。ある小児科では, 受診してくる地域の子供を守るため大熊の人は診察しない。ある保育所では,や はり預かっている子供を守るため近くに大熊の人の車を駐車させないという内容 でした。

●自分の気づき/意見①・熱い思い

自分の「人権」を守るためなら相手の「人権」は傷つけてもかまわない のでしょうか。私はまちがった情報が,そういうまちがった守りを生む,原発事 故について,しっかり学び正しい知識を得ることが差別をなくすのだと気付きま した。 差別というのは,私たちのまわりでは身体の障害や病気を理由にした差別,性 別・年齢国籍の違いによる差別など小さなことから大きなことまで本当によく耳 にします。差別をしている側からすれば,それを冗談だという人も多いのです。 たとえ冗談だとしても心ない言葉の一つ一つが相手をどれだけ傷つけるのか気づ いてほしいものです。小学校の時から私たちは道徳などでいじめや人権などにつ いて学んでいてもなかなかそれがなくならないのは,そういうせいなのかもしれ ません。私に言ってきたあの子達もそうだったのかもしれませんが,実際にされている側はみんなの想像よりはるかに傷ついているということ,つらいとい うこと,そして悲しいということを私は,この人権作文を通して,たくさんの人 に知ってほしいのです。

●社会全体の問題に発展・自分の気づき/意見②

最近は過剰なマスコミやメディアにでてくるコメンテーターの個人的感情が, ストレートに入ってきて私達の意識に大きな影響をあたえているような気がします。しかし,自分の体験を通して感じたことは,一つの問題に対して人の言葉を すべてうのみにするのではなく真実とはなんなのかを見つけだすことが人権を守 ることにつながるのだと思います。私たちが差別をなくすためにできること,そ れは,その人,その出来事についてしっかり知ること,知ろうと努力すること, 正しい知識を深めるために学習することではないかと思います。我も人も自分ら しく生きる。これが「人権」を尊重することだと思います。「人権」について考 えること。それはとても難しいことのように思えますが,意外と簡単なことでは ないでしょうか。

●現在の状況・まとめ

今,私が住んでいる柏崎は実際,放射能の心配がないせいなのか,それとも大 熊町と同じように発電所が隣設されているせいなのかまったくそういったいやが らせはありません。私は改めて,そんな今があたりまえではないという現実を忘 れてはいけないと思いました。同じ人間同士が平等に並んで歩くための権利。だ れもが生まれながらにもっている大切なもの。自分も相手も同じひとりの人間と して心に寄り添い,真実を見極め,理解し合う努力こそ,差別をなくし人権を守 る大きな力になると思います。そして,私自身も差別や偏見,いじめがなくなる ように強い心をもって,まずは自分から立ち向かっていきたいです。

【骨子】
自分のふるさとで原発事故が起き、「死の街」と呼ばれるようになった
→浴びせられたひどい言葉
→まちがった情報が,そういうまちがった守りを生む,原発事 故について,しっかり学び正しい知識を得ることが差別をなくすのだと気付いた。
→ 最近は過剰なマスコミやメディアにでてくるコメンテーターの個人的感情が, ストレートに入ってきて私達の意識に大きな影響をあたえている
→私たちが差別をなくすためにできること,そ れは,その人,その出来事についてしっかり知ること,知ろうと努力すること, 正しい知識を深めるために学習すること
→私自身も差別や偏見,いじめがなくなる ように強い心をもって,まずは自分から立ち向かっていきたい※評価ポイント:
・具体的で身近なエピソード
・熱い思い
「私は,この人権作文を通して,たくさんの人 に知ってほしい」【ネタ元】
・自分の住む街の状況
・自分が受けた差別

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